04 TALK

平野 高司

北海道大学
農学研究院 基盤研究部門
生物環境工学分野

平野 高司教授

北海道大学
農学研究院 基盤研究部門
生物環境工学分野

平野 高司教授

熱帯泥炭林の再生と活用に向けて……
地球環境と市民生活の両者に便益をもたらす古紙の可能性を探る

地球温暖化の原因とされるCO2濃度を高い精度で予測するため、北海道から東南アジアまで、幅広い領域でフィールドワークを実施し、研究観測を行う北海道大学教授の平野高司氏。

その研究成果は、様々な国際的学術誌に掲載されるなど、研究の将来性についても大いに期待されている。

なかでも平野氏が注目するのが、東南アジアに広がる熱帯泥炭地の農地開発によるCO2問題だ。地下に膨大な量の炭素を溜め込む泥炭林の伐採と乾燥化が進むことから、大規模なCO2が排出されているという。

「再湿地化と低環境負荷の土地利用を両立させることが重要である」と述べる平野氏に対し、「古紙を活用した地盤の固化技術を用いて、グローバルとローカルの両面で貢献できれば」と話す当社代表の駒津に、東南アジアにおける熱帯泥炭地の現状や今後の展望について語ってもらった。

地球に優しい環境を作るための研究

平野先生が取り組まれている研究について教えてください。

平野さん

平野:現在、北海道大学で農業気象学的な手法を用いて、生態系の環境機能に関する研究を行っています。具体的には森林や湿原など様々な陸域生態系と気象条件との相互関係を観測し、CO2の吸収量などを定量化するとともにモデル化するという研究です。その一つが、「カラマツ林倒壊跡地における炭素交換量および蓄積量の定量化」というフィールド観測です。2004年に北海道苫小牧市のカラマツ植林地が台風で倒壊したのですが、その後、植生が自然回復しています。このカラマツ林の跡地で、どれだけCO2の吸収量が増えているかを調査しています。他にも、北海道のサロベツ湿原や美唄湿原においてCO2やメタンといった温室効果気体の収支観測や、海外では東南アジアにおける熱帯泥炭地やオイルパームのプランテーションでのCO2やメタンガスの吸収・放出量の観測研究を行っています。

つまり、地球温暖化に繋がるCO2やメタンガスの吸収・排出量を測定し、地球に優しい環境を作るための研究をされているということですね。平野先生がそのようなテーマで研究を始めた当時も今のように地球温暖化は問題視されていたんですか。

平野さん

平野:私がこのような研究を始めたのは20年以上前ですが、一部では言われていたものの、今のような機運にはなってなかったと思います。温暖化懐疑論という言説も多く、要するに地球の気温は変化しているけれど、それは人為的な影響ではなく、自然現象だという話も結構強かったと記憶しています。ただ、新しいIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告だと、疑いようがないという言い方になっていますから、ずいぶん機運は変わってきていますね。

そう考えると、先生の研究への注目はますます高まってきているということですね。先ほどのカラマツ林跡地での観測について伺いたいのですが、実際、植生が回復すると、CO2の吸収量は増えてくるのでしょうか。

平野さん

平野:倒壊から、植生の回復にともなってCO2吸収量が徐々に増加し,だいたい10年ぐらいで、枯死した植物の分解などによるCO2の放出量と植物の光合成による吸収量が釣り合う、つまりカーボンニュートラルを達成しました。約10年でカーボンニュートラルになるというのは、カナダやアメリカ北部の針葉樹林で計測した結果とほぼ同じですね。

こういった観測データを取ることで、どういったことに活かせるのでしょうか。

平野さん

平野:例えば、森林が大きな環境撹乱を受けた場合、その回復過程でどれだけのCO2の吸収量が増えるかということを数式化・モデル化し、それを気候モデルに組み込むことで、将来的に気候変化の予測精度を上げるといったことにも貢献できればと思っています。また、東南アジアの熱帯泥炭地の研究に関しては、将来的にどのように管理するとCO2の排出量が減るのか、あるいはメタンガスの放出量を増やさずにすむのかといったことを目指しています。

熱帯泥炭地のCO2排出量が問題に

東南アジアの熱帯泥炭地ですが、大規模開発によってCO2の排出が問題になったそうですが、詳しくご説明いただけますか。

平野さん

平野:インドネシアの中部カリマンタン州で1996年から熱帯泥炭湿地林を水田へ転換する農地開拓「メガライスプロジェクト」が始まりました。これはインドネシア政府がジャワ島の人口過密を緩和するために行った国家プロジェクトなんですが、100〜150万ヘクタールが開発対象となり、移民を募り、農地への土地利用転換が図られたんです。しかし、この泥炭地は泥炭がかなり厚く、栄養分が少ないため、当初から農地には適していないと言われていたようです。しかしながら、大規模伐採とともに、湿地の乾燥を促すための大規模な排水路建設が行われたことで、泥炭湿地林の水位が下がり、膨大なCO2が放出されるようになったのです。

駒津社長

駒津:どうして泥炭湿地林の水位が下がるとCO2が放出されるのですか。

平野さん

平野:そもそも泥炭地とは水位が高く、土壌中の酸素濃度が低いために微生物による有機物の分解が起こりづらい。そのため森林の枯死した樹木がどんどん堆積していき、その結果、熱帯泥炭が蓄積してきました。また、泥炭地は地球の陸地面積の約3%を占めるにすぎませんが、すべての土壌炭素の約30%を貯蔵しています。いわば泥炭地は、巨大な炭素貯蔵庫なんですね。しかし、泥炭地から水が抜けて水位が下がってしまうと、酸素が土中に入っていく。すると、微生物による泥炭の分解が一気に活発化することでCO2が大量に排出されてしまうんです。

駒津社長

駒津:さらにエルニーニョ現象から甚大な火災が泥炭地で起こったんですよね。

平野さん

平野:1997年以降に発生したエルニーニョ現象により、泥炭地を中心に大規模な火災が起こりました。泥炭は“泥の炭”と書くだけあり、乾燥するとよく燃えます。山火事と聞くと生えている木が燃えるイメージですが、泥炭火災の場合は地下がぶすぶすと燃えます。2015年に発生した火災では、約2カ月の間に日本の年間総炭素排出量と同じ量のCO2が排出されたといわれています。

そういった泥炭地の研究をされている平野先生が、明和製紙原料さんと出会われたのは何がきっかけだったんですか。

駒津社長

駒津:弊社では現在、古紙を活用した地盤の固化技術の開発を進めており、その技術を北海道の寒冷泥炭地の地盤改良に展開できればと思っています。その時に、寒冷泥炭地だけでなく、熱帯泥炭地があることを知り、それについて調べていくと、インドネアやマレーシアへと辿り着いたんです。そこで、実際にその現場に赴き、調査研究をされている平野先生に、現場の状況についてお話を聞かせていただきたいと思い、お会いしたのがきっかけですね。

平野先生は最初、駒津さんから泥炭地を古紙で固化する技術の話を聞かれた時、どういう感想を持たれたんですか。

平野さん

平野:非常に興味深いと感じました。今、熱帯泥炭地では水田ではなく、オイルパームのプランテーションへの開発が増えていて、それが問題になっています。自然の泥炭地は地下水位が高く、地面がふわふわな柔らかい状態にあります。この状態だと作業効率が悪く,また、そこに植えたオイルパームがだんだんと傾いてきます。さらに、地下水位が高いとオイルパームの生育が良くないようです。そのため、プランテーションの造成では排水路で地下水位を下げて、地面を重機で踏み固めることも行っているのですが、どうしても傾いてしまいます。ドラム缶などで支えることで応急処置をしているのですが、その固化技術を用いることで、地下水位をそれほど下げなくても傾きを抑えることができれば、非常に使い道があるなと思いました。先ほどもお話した通り、泥炭地の地下水位を下げると、微生物による泥炭の分解が進んでCO2が排出されてしまいます。泥炭が分解した分、地盤沈下も起きます。もし、地下水位を下げずに土壌を固めることができれば、これは非常に良いと思いました。

古紙を使った固化技術の可能性

オイルパーム・プランテーションの課題は木が倒れる以外にもありますか。

平野さん

平野:オイルパームは実を収穫してから24時間以内に採油しないとオイルの質が劣化するといわれています。しかし、泥炭地なので道路の舗装状況もかなり悪く、バイクでも走れないところもあるようです。

駒津社長

駒津:例えば、弊社の地盤固化技術を使って道路を固めることができれば、時間をかけずにスムーズに運搬でき、質の高いオイルを採油することが可能になってきますね。そうすると、現地の人にとっても収入増に繋がる。そういう使い道もあるかもしれませんね。

平野さん

平野:他にも、地下水位が高いと、肥料を与えた時に水と一緒に流れてしまうという話も聞いたことがあります。もし、泥炭を固化できたなら、肥料の有効性も高まるので、そういった点でも可能性は広がると思いますよ。

駒津社長

駒津:そう考えると、弊社の技術は様々な用途で活路を見いだすことができそうですね。

持続可能性を目指した未来へ

オイルパームのプランテーションが増えれば、その地域で暮らす人々の生活は潤いますが、その反面、地球環境的にはCO2の排出量も増えるということなんでしょうか。

平野さん

平野:確かにその通りで、今はインドネシア政府も泥炭地開発に関しては制限を設けているので、これまでのような増え方はしないとは思います。ただ、いずれにしても地下水位を下げることになりますから、今後はプランテーションの管理方法は変わってくるんじゃないでしょうか。しかしながら、熱帯泥炭林を保全するということはグローバルな見方とローカルな見方とではかなり違いがあります。グローバルで見れば、温室効果ガスを減らす、あるいは生物の多様性を守るということになります。逆にローカルな見方をすると、熱帯泥炭林を伐採し、農地にすることで生活の糧を得ている人たちがいます。だから、ただそれを保全しろとなっても、そこで収入を得ている人たちの暮らしはどうするのかといった問題も出てくると考えられますね。

駒津社長

駒津:グローバルとローカルのバランスを取りながら、どう対応していくか。すごく難しい問題ですね。先生は今後、熱帯泥炭地がどうあってほしいと考えていらっしゃるのでしょうか。

平野さん

平野:少なくとも、今ある森はそのまま残すというのが目標ではあります。それは見た目だけじゃなく、地下水位もちゃんと保ったままの状態で、ということです。実現のためには “パルディカルチャー”という考え方もあります。

先生がおっしゃるパルディカルチャーとは、泥炭地を保全しながら、一方で農地としても活用するという、その両立を図るということでしょうか。

平野さん

平野:そうですね。自然の状態を保持したままで、ちゃんとインカムが得られる仕組みを作るという考え方です。基本は農業ですが、それ以外にも水産業や養殖なども取り入れることも考えています。ただ、パルディカルチャーは基本的に生産性が低くなりますから、実現するのはなかなか難しいとは思いますが…。

駒津社長

駒津:でも、弊社としても、ぜひそこに貢献していきたいですね。泥炭地問題を解決することで、それがビジネスとして成立し、その地域の方々も幸せになれる。そんな事業へと展開できれば理想的ですね。また、別の事業として、伐採して放置されているオイルパームを活用した取り組みも実現できればと考えているんですよ。

平野さん

平野:それはおもしろいですね。

駒津社長

駒津:オイルパームは25年ぐらいで新しく植え替えていて、切り倒した木の使い道がなく、そのまま放置されていると聞いています。弊社はそれを使用させていただき、次の原料を作っていく。また、現地では弊社の地盤固化技術を活用してもらって、オイルパームを育てていただく。そんな循環が生まれれば理想的だと思っています。

明和製紙原料さんの先々の未来としては、地盤を固める技術を使うことで、グローバルな面でいえば環境を保全しながらCO2の排出量を減らすことに貢献していく。また、ローカルな面ではオイルパームに携わる人たちの産業の土台になるものを作っていく。それが実現できれば素晴らしいですね。

駒津社長

駒津:それが実現できれば、平野先生が実現したい理想の世界にも近づくことができるんじゃないでしょうか。ぜひ挑戦したいですね。

本日はありがとうございました。

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